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日本で18リットル缶の生産が開始されてからほぼ1世紀余りたちました。その利便性から食品はもとより非食品の塗料・化学製品に至るまで、18リットル缶はあらゆる分野で密閉包装容器のエ−スとして定着して来ました。

 
18リットル缶の規格
18リットル缶は、日本工業規格JIS Z 1602「金属板製18リットル缶」に 形状・寸法・質量・容量が下記のように規定・標準化されています。
又、主材料である金属板も「ぶりき」がJIS G 1602・「ティンフリ-スチ-ル」がJIS G 3315に各々規定されています。

規格値 辺長(ミリ) 高さ(ミリ) 質量(グラム) 容量(リットル) 板厚(ミリ)
238.0
349.0 1,140 19.25 0.32
±2.0 ±2.0 ±60 ±0.45 ±10%

さまざまな物を入れる包装容器として、18リットル缶は日本工業規格(JIS)の規定に基づいて製罐されています。容器としての優秀性が、消防法・船舶安全法・毒物及び劇物取締法などの規制に適合した容器として認定されていることからも立証されます。
 
18リットル缶 5つの理念
  1. スチ−ルはリサイクル可能であり、さらに自然の回帰も容易な素材。
  2. どんな内容物にも対応出来るオ−ルマイティ−な容器。
  3. 内容物を安全に保護する容器、これは容器に求められる永遠のテ−マ。
  4. 形状・容量が適正で、流通保管等取り扱いが便利。
  5. 我々は地球の資源を守り、環境にやさしい長い歴史に培われた『理想の容器』づくりに取り組みます。
  • 18リットル缶の事を、今でも愛着をこめて「石油缶」とか「一斗缶」あるいは「五ガロン缶」と呼ぶ人もいますが、正式な名称ではありません。
  • 1959年(昭和34年)メ−トル法の実施にともない日本工業規格(JIS)が改訂され、缶の名称が
    「18リットル缶」と決まりました。

18リットル缶の沿革
日本におけるブリキ缶加工の始まりは、江戸時代末期の文化年間(1861〜1863年)に「京都の竜門堂安之助という人が、当時輸入した品物の容器であった、ブリキ函を再利用して茶筒などを制作した」と言われています。

一方18リットル缶につきましては、明治維新により欧米文化が文明開化と云うことで入って来ました、その中に1876年(明治9年)に横浜を拠点にしていた、イギリスのサミエル商会が18リットル缶に詰めた灯火石油の販売を始め、「石油製品」が家庭用・工場作業場の光源として、全国津々浦々へ非常な勢いで普及して行くにつれその「空き缶」の丈夫さ・軽くて使い良さ手軽さが好まれ再利用する人が次第に増え容器として大変に重宝がられるようになって来ました、それまでの日本人は生活に必要な液体や固体の生活物資の保存・運搬容器としては主に「樽」・「瓶」・「壺」等が使われていましたが「重い」・「割れやすい」・「高価」等の難点があり、需要が増大し輸入容器だけでは不十分となり、1897年(明治30年)に外資系の石油会社が石油の容器用に自家製罐したのが我が国で初めてと言われています。

独立した18リットル缶メ−カ−としては、1917年(大正6年)に外資系石油会社の設備を横浜の製罐会社が買い取り生産を始めたのが国産化の第一歩と云われています。

その後18リットル缶の需要も次第に増加し、1935年(昭和10年)頃には全国で30社を数えるまでになりました。更に終戦後自由競争時代に至ると業者の乱立により、1955年(昭和30年)頃には18リットル缶メ−カ−の数が全国で60社以上にも達しました、その後も増え続け1963年(昭和38年)がピ−クで75社を数え以降年度により多少の増減は有りましたが、現在は43社が全国18リットル缶工業組合連合会の加盟社数であります。

又、18リットル缶と言う名称はその容量が約一斗であった事と最初は石油のみに使用されていたことから、古くは「一斗缶」又は「石油缶」と呼ばれていましたが、戦後は主として「五ガロン缶」・(1ガロンは3.78リットル)と称されていましたが1959年(昭和34年)にメ−トル法の実施に伴い日本工業規格(JIS)が改訂され缶の正式名称が「18リットル缶」と呼ばれ現在に至っています。

18リットル缶の全国生産数

平成14年度(14年4月〜15年3月)の全国生産数は1億8,901万缶です。13年度に20年振りに2億缶を割り込で以来15年度も現在の水準では前年並みが厳しい数字で3年連続2億缶に届かない状況である。

全国生産量の歴史を辿ってみますと

  1. 昭和32年頃から昭和47年頃まで、年平均10%前後の順調な伸びで推移してきました。
  2. 昭和48年の第一次オイルショック時に其れまでで最高の生産実績2億738万缶を記録し以後10数年間破られなかった数量です。
  3. その後第一次オイルショク後の急激な経済の冷え込みにより、翌年の昭和49年には前年を30%近くも割る大幅な落ち込みを余儀なくされました。以後漸増傾向で推移してオイルショック当時に回復したのは昭和60年で12年の歳月を要しました。
  4. 以後は、内需拡大等の影響と平成景気(バブル景気)と呼ばれ産業界全般の好況を反映して、18リットル缶業界も高水準で推移し平成2年には、業界史上最高の2億4.367万缶の生産量を記録し現在も破られていません。
  5. 然しながら、平成3年頃より産業界に不況感が漂い始め繁栄と波瀾に満ちた1900年代が幕を閉じ新世紀に突入しましたが中国経済の台頭により国内産業の空洞化・公共事業の減少・少子化等の日本経済の構造変化が進んでおり今後、大幅な需要拡大が見込めない中付加価値の高い製品を開発する事が必要になってきている。
分野別動向
  1. 18リットル缶が「石油缶」と呼ばれていた昭和30年代は、鉱物油部門のウエイトが10%前後あったが、その後この部門は他の容器に移行し現在は塗料・化学部門での需要が圧倒的に多くなっています。
    塗料・化学部門は、昭和35年当時全体の43.7%であったが平成12年の実績は67.7%をしめるまで増えている。
  2. 食料品関係の中で農産物類の 筍・蜜柑・りんご といった品種が安価な輸入品に押されて国産品は現在も減少の一途を辿っている、当然の事ながら全体の中でウエイトも年々減少している。
  3. このように、全体に占める 塗料・化学部門の需要のウエイトが高い事は、これら業界の動向が18リットル缶業界の今後の需要全体を左右する事になる。
    特に塗料などの需要度の高い建設関係・土木・公共施設及び造船・自動車などにおける今後の動向を18リットル缶業界として、注目しておく必要があります。